現CEO東良和がサービスマネジメントにおける「補償」について考察したコーネル大学ホテル経営学大学院修士論文(1990年 英語)を掲載しています。内容については以下のとおり現代風に日本語にて一部要約してみました。この論文を掲載した目的は、苦境におかれたコロナ禍からの復活を目指す沖縄ツーリスト社内において、逆境下でも前を向く組織の在り方や社員・役員のあるべき姿を共有するところにありました。顧客サービスに関しては、まだまだ不十分な観光事業者であることは十分承知していますが、全社員の目標を一致させ、コロナ禍の未曽有の苦境を乗り越えていくための決意だったこととご理解いただき読んでいただければ幸いです。
原題 CREATIVE OCEANSIDE RESORT RESPONSES TO
UNPREDICTABLE AND UNFAVORABLE
WEATHER CONDITIONS :
“WHAT TO DO WHEN IT RAINS!”
クリエイティブな海洋型リゾートが予期せぬ事象や悪天候に見舞われたときの対応について:
“雨が降ったらどうしよう!”
はじめに、この考察は悪天候という一つの事例にとどまらず日常的に発生する外部環境の好まざる状況に対し、経営者および現場の担当者はどう考え、いかに対応すべきか、また、臨機応変に対応できるよう日ごろからどのような組織体制・企業文化を構築しておくべきかという問題を提起しています。
【一部要約】
都会で働くA子さんは、夏休みを利用して沖縄へ行き、マリンスポーツを思いっきり楽しもうと考えた。会社には休暇を早めに申請し、沖縄旅行をWEBで検索した。どの旅行会社のホームページでも沖縄の美しい海、空、サンゴ…その中を美しい魚たちが泳いでいる。A子さんは、海岸沿いのリゾートホテルに泊まることを決めた。ホテルの公式ホームページを開くと、そこも美しい海、真っ青な空、そして、楽しそうなマリンアクティビティであふれている。
出発の日が来た。天気図を見ると何やら前線が近づいている。でも、今さら中止できないと考え飛行機に乗った。一日目はなんとかビーチでリラックスできた。しかし、二日目、三日目は雨、風、雷。A子さんが沖縄の灰色の海を見ながら体験したことは友人と二人、テレビを見て館内のコンビニで買ったお菓子を食べることだった。「こんなはずでは・・・」
天気のことだから仕方ないということは頭では理解はできても、「天候だけはどうしようもできない。」と考えているようにも見えるホテルや旅行会社のスタッフが恨めしく思えてきた。「ホームページには一枚も雨の日の写真なんかなかったのに…」
問題提起したいことはA子さんに、天候にかかわらず少しでも充実したリゾートライフを提供することが本当に不可能なのか、観光事業者として、また自治体として何かできることはないのか、と皆で一緒に考えたいのである。サービスマネジメントの大家ハーバード大のハート教授は次のように言う。
車やカメラやトースターを買うとき、われわれは保証書をもらいます。つまり、その製品は動く、使えるという保証です。では、サービス業で保証書をもらったことがありますか?現実はノー(NEVER)です。しかし、これは確かに問題です。何か目に見えないものを買うとき一番欲しいものはそれが確かであるという保証なのです。
ハート教授のいう「保証」が、何に対してなのかということも重要な論点である。保証が100%「天気」に対してであれば、あきらめるしかない。しかし、「充実したリゾートライフ」に対してであれば、それはいくらかでも改善(補償)することができるかもしれない。
お客様の期待に対する責任をどのように認識するかで、その地域の観光がソフト及びハード面で何を充実させるべきなのかということを発見できるかもしれない。実際、世界各地の海洋型リゾートでは充実した「雨の日プログラム」を揃えているところもある。なかには、雨の日の写真とイベントをホームページに掲載し差別化している地域もある。
世界各地の雨の日(レイニーデイ)プログラム
具体的に世界の海洋型リゾートホテルがどのようにして悪天候時に顧客に対応しているのかをアンケート調査をまとめてみた。
| 質問「悪天候下 あなたのリゾートでは何をしてお客様を楽しませますか?」(:数字は回答数) | ||
|---|---|---|
| 1 | 映画(室内ビデオ・宴会場での映画等): 58 | |
| 2 | テーブルゲーム(トランプ、チェス、バックギャモン等): 48 | |
| 3 | ビンゴ大会: 33 | |
| 4 | レクリエーション(フラワーバスケットやフォークダンス等): 30 | |
| 5 | カルチャー教室(フラダンス<ハワイ>、料理、民芸品やクラフト体験、芸能・文化): 26 | |
| 6 | 観光ツアー(近郊の名所巡り): 18 | |
| 7 | 各種パーティ(カクテルパーティー、ティーパーティー): 15 | |
| 8 | 卓球・ダーツ等あまり場所を必要としないスポーツ: 12 | |
| 8 | ショッピング: 12 | |
| 10 | フィットネス/ヘルスクラブ、屋内プール、スパ、ジム、エアロビクス等: 11 | |
| 10 | エンターテインメントショー: 11 | |
※米国(フロリダ、カリフォルニア、ハワイ、グアム)、メキシコ(カンクン、アカプルコ)、カリブの島々、サイパン、沖縄の355リゾート調査(1990年)
上位10のアクティビティについて特に驚くものはない。(1990年のアンケートなので、現在のデジタル機器を用いたゲームやSNS等を活用したものはない) が、アンケートの結果、世界のリゾートの中には、施設的にも人材的にも優れているところが多くあることが分かった。マウイ島(ハワイ)にある巨大リゾートではカラー刷りの雨の日プログラムのパンフレットが用意されていた。施設的にも内容的にも悪天候対策をしっかりと準備して実践していた。
一方、大型リゾートが少ないカリブの小国バルバドス島にある100室ほどのリゾートには、手作りの雨の日プログラムがあった。雨の日になるとシェフが料理教室の先生に早変わり。家庭では作れない料理に宿泊客が生徒となって挑戦する。生ガキの殻の外し方教室が始まる。バーテンダーがカクテルの作り方を教え、宿泊客は自ら作ったカクテルを試飲する。ウエイターがナプキンの折り方を教える。ワインテイスティングのクラスが始まる。このような心温まる雨の日プログラムがカリブやフロリダには数多く存在し、宿泊客を喜ばせているという。
国民性や文化・風習の違いはあるかもしれないが、彼ら彼女らのあくまで人を楽しませようとする姿勢は学ぶべきところが多い。ホテルにとっては当たり前のことが、お客様にとっては非日常で面白い、楽しいこともきっとたくさんある。そう考えると、ホテルは人材の宝庫である。
次に、広域的な視点から悪天候の問題に取り組んでいる例を挙げてみよう。USヴァージンアイランドは1989年大規模なハリケーンに見舞われたため、訪問先としてアメリカ本土の旅行者から敬遠されていた。そこで、政府観光局が行ったキャンペーンが「ハリケーン後のUSヴァージンアイランドで満足できなかったら旅費の全額を返す」というキャンペーンであった。大規模なハリケーンの被災地として苦し紛れのキャンペーンにも見えたが、実際にはこれは大成功だった。気になる全額を返した結果だが、1990年春に観光局に問い合わせたところわずか1件との答えが返ってきた。
似たような事例はメキシコのリゾート地でも行われている。あるシーズン中に雨が降ったらホテル代が無料になるという取り組みである。また、天気とは関係ないが、地中海クラブでも面白いサービスを行っている。航空機の遅延で現地に到着するのが遅れた場合、バカンス村での滞在時間が減ったとして、お客様に施設の中で使える金券(首飾りのピース)をお見舞いとしてプレゼントする。これも前述の補償の一種だ。沖縄県でもかつて冬場の需要喚起のため「気温が何度まで下がったら・・・」という観光キャンペーンがあったと聞く。
世界各地の海洋型リゾートには、いろいろな雨の日(悪天候下)のためのエンターテインメントがあるということは前述の通りである。次にそれらの雨の日プログラムを実現するための要素となっているものをハード面とソフト面に分けて考えてみたい。
| 質問「悪天候下、宿泊客のためにあなたのリゾートに欲しい施設・備品はなんですか?」 | |
|---|---|
| 1 | 映画上映のスペースおよび備品(大きい画面、ハイテク機材、劇場タイプの座席等) |
| 2 | インドアスポーツコート(テニス、バスケットボール、バレーボール等) |
| 3 | ゲームルーム(コンピューターゲーム、卓上ゲーム等) |
| 4 | ジム(トレーニングマシン)、スパ |
| 5 | 全天候型プール |
| 6 | カジノ |
| 7 | 図書室 |
※米国(フロリダ、カリフォルニア、ハワイ、グアム)、メキシコ(カンクン、アカプルコ)、カリブの島々、サイパン、沖縄の355リゾート調査(1990年)
まず、ハード面だが、実際に世界のリゾートホテルのマネジャーが何を欲しているのかというアンケートの結果を見てほしい。雨の日(悪天候下)に宿泊客にお薦めしたいアクティビティのトップは「映画」である。マネジャーたちは、より本格的なハイテク映画館が施設内に欲しいという意見が多い。インドアのスポーツ施設やゲームルーム、多目的ルームが上位にランクされているが、これらは資金的に余裕があればもちろん欲しいものである。
雨の日プログラムを可能にするハード面の施設や備品は往々にしてリゾートホテルの立地条件や天候にも関係している。例えば、雨の日プログラムが最も貧弱なのはホノルルであった。前述の通りリゾートホテルの多くがインドアのエンターテインメントとして映画を挙げているのに対し、ホノルルのホテルはこの項目についてさえあまり興味を示していない。ホノルルでは街とビーチとホテルが隣接しているので、自らの施設内に雨の日用の施設が要らないのだろう。
資金さえあれば、アンケートの上位を占める施設はリゾートホテルにとって雨の日用に限らず欲しい施設である。しかし、全てのホテルが投資する余裕がないことも事実である。では、何でその穴を埋めるのか。ソフト面である「ホスピタリティ」つまり「人」である。カリブ海の小さなリゾートの手作り雨の日プログラムは前述した。
人材の大切さを、カリブを代表するディビリゾートの営業部長サマービル氏は、「私たちにはお客様に楽しさや感動を与える人材がどうしても必要なのです。お客様と一緒になって雨が降っているのをただ見ているだけのスタッフは必要ありません。悪天候の下で、私たちはお客様がお金を払って満足いくリゾートライフを求めてやってきているのだということを十分に認識しなければならないのです。」と語った。すべては問題意識・認識からはじまるということだ。
このサマービル氏の言葉でカリブ海の雨の日プログラムが単に陽気な国民性からきているものではないことをご理解いただきたい。リゾートにおけるソフト面のサービス、その最大の要素となる人材の大切さ、そして、その能力を発揮させるための組織の大切さをあらためて考えてほしいのである。
雨が降っても、台風(ハリケーン)が来ても、お客様の滞在をより充実させようと努力しているリゾートが世界にはたくさんある。そして、悪天候に代表される逆境下において、顧客満足を創出する要素は巨額な投資を必要とするハードばかりではない。前向きな経営陣や従業員によるクリエイティブなサービスも大きな役割を果たすことができるということだ。では、次にお客様に満足を与えるソフト、サービスとはどのような環境の中で生まれてくるのかを考えてみたい。
顧客満足(Customer Satisfaction(CS))という概念は欧米ではかなり以前から体系的に取り上げられてきた。日本のサービス産業とは対照的に欧米ではサービスを”科学”し、いかに高い確率でお客様を満足させるかということを理論的に考えてきた。その成果は既に世界中で実を結んでいる。
CSを生み出す基本となるのは企業自体のサービスに関するビジョンまたはマネジメントポリシーである。しかし、どのようにして、またどのくらいのレベルで顧客を満足させるのかは経営者、管理者が決めることである。そして、それが具体的でないと社員はどのようなサービスを提供すればいいのかわからないまま業務に当たることになる。
マネジメントポリシーを構成するための最初の要素がミッションと呼ばれる企業の使命、営業方針、目標、社訓を総称したものである。これはあくまで具体的でなければ効果が出ない。例えば「より優れたサービスで顧客を満足させる」という方針、目標は漠然として「何より優れているのか」また「何が優れているのか」分からない悪い例である。あるハンバーガーチェーンは「ライバル社より20%大きいビーフパテを使用したハンバーガーを同じ価格で提供する」という具体的な品質管理の目標を設定した。その結果、社員全体がその目標に向かって競争力をつけていった。また、世界的に有名な30分以上経過すると割引となる宅配ピザも、そのサービス自体がお客様への売り文句であると同時に、社員に対して会社がどのようなサービスをするのかを明示した具体的で分かりやすい指針となっている。だからこそ、そのサービスを実現するために、従業員は軽快にピザを焼き30分以内にデリバリーする。また、経営陣はより能率的に働ける設備や材料を開発するよう努力する。
前述のハート博士も次のように言う。
あるサービスに対する保証というものは組織内の全ての人々を具体的かつお客様の立場に立った目標へと注目させる。分かりやすく説得力のあるサービス保証は、従業員に対し会社がどのような方針で、しかも、社員一人ひとりが何をしなければならないのか理解させることができるのである.
つまり、悪天候下での顧客サービスがテーマであれば、それを明文化し「○×リゾートでは雨が降っても、台風がきても○○と××を提供することによってお客様へのサービスを差別化し、決して退屈させることはしません!」と方針を打ち立ててみたらいいのだ。これが、前述の30分宅配ピザのように当たり前になった時、圧倒的な競争力を持つことになるだろう。
ミッションが決まれば第二に、それをいかに実行していくのかという企業戦略が必要となる。テーマを「雨の日プログラム」のソフト面に限定すると、いかに悪天候の下でサービスやエンターテインメントを充実させお客様を満足させるかについて、とことん突き詰めればいいのである。結果として、それは限りなく人材管理、組織管理の問題へと進んでいくことになる。しかし、実はこれが一番難しい問題である。
人材管理の問題はまず採用・リクルートから始まり、教育、能力開発、そしてその人材の活用へ発展していく。世界的なホテルチェーンの創始者ヒルトンの師でもあるスタットラーは「お客様の立場になって考えることのできる良い性格の人たちだけを採用しなさい」と人事方針を打ち立てた。また、サービス経営学のノーマン博士は「サービス業務にはつねに不確定かつイレギュラーが多く、従業員は技術面よりもむしろインタラクティブスキル(他人と接する能力)をまず学ばねばならない」と強調している。技術や知識も大切だが、素直にお客様の声に耳を傾け、それを叶えてあげようと思う心の方が大切なのだ。
雨や台風の日でもお客様に喜んでもらうための「雨の日プログラム」を実現するためには、まずは「お客様の充実したリゾートライフ=期待」についてホテルや旅行会社のスタッフがいかに責任を感じ問題意識を持っているかということが基本となる。
つまり「天候のことだから・・・」と最初からあきらめている組織には百年経っても「雨の日プログラム」は自発的には生まれてこない。たとえ、ある日突然、経営者が「競争力をつけるために、悪天候に備えたプログラムを作ろう!」と社内に呼びかけたとしても、社員一人ひとりの意識が変わらない限り決して成功しないだろうし、それ以前に社員がこの目標を共有してくれるかさえ疑問である。このような企業文化・社風は日ごろから意識して作り上げていないと企業の存続を左右しかねないことになる。
以上、【一部要約】
このモノグラフは「雨が降ったらどうしよう!」というタイトルでありますが、天気のことだけを指しているわけではありません。悪天候下でも顧客の満足度を下げないように努力をしている世界中の海洋型リゾートは、まさに日頃から不確実性に備えている好事例のひとつであると示してみました。
2020年に発生した新型コロナウィルス・パンデミックはまさに不確実性の象徴だったと言ってもいいでしょう。ほとんどの国で人々の移動が極度に制限され、世界中の観光は甚大なダメージを被りました。我が社も例外ではなく、巨額の赤字を計上し事業の存続さえ危ぶまれる状況に陥りました。しかし、応援していただいた皆様のお陰で現在は復活し、日々、観光事業を営むことができ喜びを感じています。心より感謝を申し上げます。
最後に、沖縄ツーリストでは2018年より台風が多い季節(6月~10月出発)の個人型沖縄旅行には、航空便の欠航による延泊補償をツアー参加者全員に付保しています。今後は、保険だけではなく「悪天候だったけど旅行は楽しかった!」とお客様に言っていただけるように、社員一人ひとりが日ごろから準備をして、臨機応変に対応できるような組織を目指していきたいと考えています。これからも皆様のご指導ご鞭撻を何卒宜しくお願い申し上げます。